「名を捨て実を取る」だが金・暴力・セックスは全て“実”だった説を徹底検証
日本には古くから
名を捨てて実を取る
という慣用句が存在する。
意味は簡単。
- 評判より利益
- プライドより実益
- 見栄より現実
という話である。
しかしここで一つの疑問が生まれる。
「金・暴力・セックスって全部“実”じゃね?」
今回はこの危険思想を徹底検証していく。
そもそも「実」とは何か
慣用句における「実」とは、
果実の実ではない。
実利。
つまり、
- 役に立つ
- 利益になる
- 現実に効果がある
という意味である。
逆に「名」は、
- 肩書
- ブランド
- 評判
- 世間体
などを指す。
金はどう見ても実
まず金。
議論の余地がない。
現代社会において、
金はほぼ万能交換券である。
- 食料
- 住居
- 医療
- 教育
- 娯楽
ほぼ全てに変換できる。
名刺100枚より
現金10万円の方が嬉しい人は多い。
まさに実。
暴力も究極的には実
暴力という言葉は刺激的だが、
本質的には
他者へ強制力を行使する能力
である。
国家も会社も学校も、
最終的には何らかの強制力を持つ。
人類史を見ても、
- 理屈だけの王様
- 軍隊を持つ王様
なら後者が勝つことが多い。
つまり暴力は、
良い悪いは別として
極めて実効性の高い手段である。
「力こそパワー」が何千年も繰り返される理由である。
セックスも究極の実
最も議論を呼ぶのがこれ。
しかし生物学レベルまで下りると、
セックスは実どころか
究極の実
である。
なぜなら生物の最終目的は
遺伝子を残すことだからだ。
名誉ある独身貴族より、
子孫を残した無名の農民の方が
生物学的には成功しているという見方すらできる。
残酷だが、
自然界はそういうルールで動いている。
むしろ「名」が特殊な存在
ここで面白い逆転現象が起きる。
金も暴力もセックスも
実利として理解しやすい。
だが名声だけは少し特殊である。
なぜなら名声は単体では食えないからだ。
- フォロワー100万人
- 青バッジ
- 知名度
だけでは腹は膨れない。
しかし多くの場合、
名声は
- 金に変わる
- 権力に変わる
- モテに変わる
ので価値を持つ。
つまり名声は、
実そのものではなく
実への交換券なのかもしれない。
オタクくん理論で考える
オタクくんは言う。
「俺は名誉欲なんかない。」
しかし、
- いいねは欲しい
- RTは欲しい
- 推しから認知されたい
- ランキング上位になりたい
となる。
つまり名声そのものではなく、
名声が生み出す実を欲している可能性が高い。
結論
「名を捨て実を取る」の実とは、
要するに現実に効果のある価値である。
その観点で見ると、
- 金 → 実
- 暴力 → 実
- セックス → 実
はかなり成立する。
むしろ不思議なのは「名」の方で、
名声は単独では価値を持たず、
最終的には金・力・モテへ変換されることで価値を発揮する場合が多い。
よって本説の結論は、
名=実の引換券
金=実
力=実
セックス=実
である。
極論すれば、
人類は数千年にわたり
「名」と「実」を語ってきたようで、
実際には
「どの実が一番うまいか」
を延々と議論していただけなのかもしれない。