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経済学的人間=クズなのか? 徹底検証





経済学的人間=クズなのか? 徹底検証


経済学的人間=クズなのか? 徹底検証

経済学には有名な前提がある。

人は自分の利益を最大化するように行動する。

これを聞くと、

  • 人間って結局自分勝手じゃん
  • 利己主義じゃん
  • クズじゃん

という感想を抱く人も少なくない。

しかし本当にそうなのだろうか。

そもそも利益とは金だけではない

まず最大の誤解がある。

経済学でいう利益とは、
必ずしも金銭ではない。

  • 家族を助けたい
  • 恋人を守りたい
  • 社会貢献したい
  • 推しを応援したい
  • 困っている人を助けたい

これらも本人にとっての利益である。

なぜなら本人が満足感を得ているからだ。

つまり経済学的人間は、
「金の亡者」
ではなく、
「自分が価値を感じるものを追求する存在」
なのである。

利他的行動すら自己利益で説明できる問題

例えば誰かを助ける行為。

一見すると自己犠牲である。

しかし経済学的には、

助けないと後味が悪い。
助けた方が気分が良い。

という心理的利益を得ていると解釈できる。

極論すると、
善人ですら自己利益で動いている。

ここで多くの人は混乱する。

「それじゃ全員クズじゃん」
と。

だが生存競争を考えると当然だった

もし人間が完全な他人優先種だったらどうなるか。

  • 食料を全部他人に譲る
  • 危険を全部引き受ける
  • 自分の子供より他人の子供を優先する

その個体は子孫を残せない。

結果として、
その性質は進化の過程で消えていく。

つまり、
ある程度の自己中心性は
生物としての標準装備なのである。

クズなのではなくOSである

ここで重要なのは、

利己性=バグ
ではなく
利己性=OS

という見方である。

スマホにOSが入っているように、
生物には自己保存プログラムが入っている。

その上に、

  • 道徳
  • 倫理
  • 法律
  • 友情
  • 愛情

といったアプリが載っている。

OSそのものを指して
「クズだ」
と言うのは少し違う。

むしろクズの定義が問題

仮にクズを

他人を犠牲にしてでも自分だけ得をする人

と定義するなら、
経済学的人間は必ずしもクズではない。

なぜなら長期的利益を考えると、

  • 信用を守る
  • 約束を守る
  • 協力する
  • 助け合う

方が得だからである。

実際、
市場経済は
「他人を騙し続ける人」
よりも
「信頼を積み上げる人」
の方が成功しやすい。

自己利益の追求が、
結果として協力を生む。

これが市場経済の面白いところである。

橋下徹問題にも繋がる

先の
0

「バチーンと寝てろ」

「自分が不安になると受診」
問題も、
経済学的には理解できる。

社会全体を語る時は社会利益。

自分が当事者になった瞬間は自己利益。

この切り替えは、
実は多くの人が無意識に行っている。

だから炎上する一方で、
どこか共感も集まるのである。

結論

経済学的人間を一言で表現すると、

クズではない。
だが聖人でもない。

である。

人間はまず自分を守る。

しかし長期的には、
他人との協力や信頼の方が得になるため、
利己性だけでも生きられない。

つまり人間とは、

「自分のために生きようとした結果、
他人とも協力せざるを得ない生物」

なのである。

経済学が描く人間像は、
クズの証明ではなく、
むしろ人間のリアルな設計図なのかもしれない。


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