【徹底検証】「本音が言えないから裏垢が生まれる」説――反町隆史『POISON』現象は女性に特に強いのか? 日本だけの文化なのか?
「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ――POISON」
この有名すぎるフレーズを、現代SNSに接続すると恐ろしいほど分かりやすい現象が見えてくる。
表アカウントでは、
「今日も楽しかった♡」
「ありがとうございます!」
「みんな大好きです!」
しかし裏アカウントでは、
「いや普通に無理」
「ほんとは行きたくなかった」
「○○マジで嫌い」
――という人格の二層構造が発生する。
そこで浮上するのが今回の説。
「特に女性は、人間関係上の圧力などから本音を表で言いにくい。その結果として、匿名・裏アカウント文化が発達したのではないか?」
ドクターチャッピー先生の判定は――
「かなり筋がいい。ただし『女性だから』『日本だから』だけでは説明できない」
である。
実際、匿名性と自己開示の関係については研究があり、2019年のメタ分析では、匿名性とオンライン自己開示には平均して正の関連が確認されている。ただし効果は大きくなく、研究間のばらつきもかなり大きい。
1.そもそも「裏垢」とは何なのか?
まず「裏垢」を単なる悪口アカウントと考えると本質を見失う。
裏垢には、少なくとも次の機能がある。
- 本音を吐き出す
- 弱音を吐く
- 愚痴を言う
- 恋愛・性・人間関係について話す
- 表アカでは出せない趣味を共有する
- リアルの人間関係から距離を取る
- 「本当の自分」を演じる
つまり裏垢は、必ずしも「裏の悪い人格」ではない。
むしろ、
「表では要求される役割を演じ、裏では役割から解放される」
ための空間と考えたほうが近い。
2.そしてこれは日本特有ではない
ここは今回の説の重要な修正ポイントである。
匿名SNSで本音を出す現象は日本固有ではない。
英語圏でも匿名掲示板、anonymous account、finsta、burner account、private accountなど、「本名・本アカウントとは別の人格を運用する」文化は存在する。
つまり、
「本音を言いにくい→別人格・匿名空間を作る」
という心理メカニズム自体は国際的な現象なのである。
オンライン匿名性が自己開示を促進する可能性については、日本の研究でも検討されており、海外研究を含めても一貫して「匿名なら必ず本音を言う」という単純な法則ではないことが分かっている。
3.しかし「日本社会だから裏垢が発達した」という説には一理ある
ここからが面白い。
匿名文化そのものは世界共通でも、「表と裏を使い分ける」ことへの社会的適合性は文化によって違う可能性がある。
日本では、学校・職場・友人関係などで、
「空気を読む」
「場を壊さない」
「相手の気持ちを考える」
「波風を立てない」
ことが強く要求される場面がある。
すると、
本音を言う
と
人間関係を維持する
が衝突する。
そこで第三の選択肢が登場する。
「本人には言わない。しかし別の場所では言う」
これが裏垢文化と非常に相性がいい。
4.「POISON理論」で考えると一発で分かる
ここで反町隆史『POISON』を召喚しよう。
この理論をかなり雑に数式化すると、
言いたいこと − 社会的コスト = 表では言えない本音
となる。
例えば、
「その人嫌い」
と直接言った場合、
- 関係悪化
- 仲間外れ
- 職場で気まずくなる
- スクリーンショットを晒される
- 悪口を言った人として認識される
などのコストが発生する。
しかし匿名アカウントなら、そのコストをある程度切り離せる。
だから、
「本音を消す」のではなく「本音の出口を変える」
という現象が起きる。
5.女性に特に強いのか?
「女性に特有」とまでは言えない。しかし女性について一定の根拠はある。
ここは非常に興味深い。
2013年のブログ研究では、154人の個人ブログを分析した結果、女性は男性よりも多くの情報を開示し、より広い話題について自己開示する傾向が確認された。
さらに女性については、実名ではなく偽名・無名を使っている場合、実名の場合より自己開示の量と話題の広さが大きかったという分析結果も出ている。
ただし、この研究だけで「現代日本女性は裏垢を作りやすい」と結論することはできない。
なぜなら、これは日本の裏垢文化そのものを直接調査した研究ではなく、英語圏のブログを対象とした研究だからだ。
したがって、ここから言えるのは、
「女性において、匿名性と自己開示の組み合わせが成立する可能性を示す研究はある」
までである。
6.むしろ「女性は本音を言えない」より「女性は関係を壊さず本音を共有する必要がある」と考えるべき
この言い換えが重要だ。
「女性は本音を言えない」
とすると、女性を一括りにしたステレオタイプになってしまう。
より精密には、
「対人関係を維持しながら、感情や評価を共有したいという需要がある」
と考えたほうがいい。
そして匿名空間は、その需要に非常に適している。
実際、日本の心理学研究では、匿名性が自己不安を低下させることは確認された一方、匿名だから必ず自己開示が増えるわけではないことも示されている。
つまり、
匿名性=自動的に本音
ではない。
「誰に見られるのか」
「相手を信頼できるのか」
「何を話したいのか」
まで含めて決まる。
7.裏垢は「第二人格」なのか?
これも半分YES、半分NO。
裏垢で出てくる人格は、必ずしも「本当の人格」ではない。
むしろ、
表人格=社会的役割に最適化された自分
裏人格=社会的コストを減らした自分
と考えたほうがいい。
だから裏垢で毒舌な人が「本当は性格が悪い」とは限らない。
逆に、表で温厚な人が裏で悪口を言っていたとしても、裏の人格だけを「真の人格」と断定するのも危険である。
人間にはそもそも複数の社会的自己があるからだ。
8.「裏垢=本音100%」という考え方も危険
ここで再びドヤコンガ事件との接続が出てくる。
匿名アカウントを見ると、我々はつい、
「匿名だからこそ本音を言っている」
と思ってしまう。
しかし実際には匿名アカウントでも演技ができる。
「毒舌キャラ」
「病みキャラ」
「過激なオタク」
「清楚キャラ」
など、裏垢にも裏垢なりのペルソナが形成される。
つまり、
表垢=演技
ではなく、
表垢も裏垢も、それぞれ異なる社会的自己
なのである。
9.匿名性は「本音を引き出す魔法」ではない
匿名性と自己開示の研究を総合すると、この点はかなり明確だ。
2019年のメタ分析では、匿名性と自己開示には平均的に正の関連があったものの、その効果にはかなりのばらつきがあった。
また別の研究では、匿名性の種類によって結果が逆になる場合もあり、写真など視覚的な匿名性が高いほど自己開示が少なくなるケースも確認されている。
したがって科学的には、
匿名だから本音が出る
ではなく、
匿名性が「本音を出しても社会的コストが低い」と感じさせる条件の一つになる
くらいが正確だ。
10.裏垢文化の本質は「本音」より「オーディエンス分離」
実は今回の説をさらにアップデートすると、もっと面白いところへ行ける。
裏垢の本質は、
「本音を言うため」だけではなく「誰に何を見せるかを分けるため」
なのではないか。
例えば、
| アカウント | 主な観客 | 見せる自分 |
|---|---|---|
| 表垢 | 知人・仕事関係・ファン | 社会的に安全な自分 |
| 趣味垢 | 同じ趣味の人 | オタクとしての自分 |
| 裏垢 | 限られた人 | 弱音・愚痴・感情 |
| 完全匿名垢 | 不特定多数 | 身元から切り離した自分 |
となる。
つまりSNS時代には、
「一人の自分が一つのアカウントを持つ」
という昔ながらのモデルが崩壊している。
11.そしてこれは「日本人は本音を言えない」論とは違う
「日本人は建前ばかり」という説明は簡単だが、雑すぎる。
海外にも、匿名掲示板、private account、close friends、burner accountなどは存在する。
むしろ現代SNSでは、文化圏を超えて、
「社会的に見せる自己」と「限定された相手に見せる自己」を分離する
ことが可能になった。
日本ではそこに「空気を読む」「和を乱さない」「人間関係を維持する」といった規範が重なることで、裏垢的な運用と相性が良くなっている可能性がある――という程度に留めるのが科学的には妥当だ。
12.「POISON→裏垢」の因果関係を一本の線にするとこうなる
今回の説を最も綺麗に整理すると、こうなる。
社会的規範
↓
「本音を直接言うと人間関係コストが高い」
↓
本音を抑制
↓
感情・愚痴・自己開示の出口が必要
↓
匿名性・限定公開がその出口を提供
↓
裏垢・鍵垢・匿名アカウント
↓
「表の私」と「裏の私」の分離
――というモデルになる。
このモデル自体は、匿名性と自己開示に関する研究ともかなり整合する。
13.最終判定
| 説 | 判定 |
|---|---|
| 裏垢は「本音を言えない」ことへの対処である | ○ |
| 匿名性は自己開示を促進し得る | ○ |
| 女性では匿名性と自己開示の関係が見られる研究がある | ○ |
| 女性だけに特有の現象である | × |
| 日本だけの文化である | × |
| 日本の対人規範が裏垢文化を促進する可能性 | △~○ |
| 裏垢=100%本当の人格 | × |
結論――裏垢は「性格が二重」なのではなく「観客が二重」なのである
今回の「反町POISON説」は、かなり良い線を行っている。
ただし、最終的にはこう修正するとかなり強い学説になる。
「特に女性だけ、日本だけで本音が言えないから裏垢が生まれた」のではない。
人間は社会的関係を維持するために自己表現を調整する。そのコストを下げ、本音・弱音・趣味などを別の観客に向けて表現できる技術として、匿名・鍵・複数アカウント文化が発達した。日本では対人関係上の『空気』や関係維持との相性が良いため、裏垢という形が特に分かりやすく可視化された――。
そして女性については、少なくとも一部の研究で匿名・偽名環境における自己開示の増加が観察されているため、「女性と裏垢文化の相性」という着眼点を完全な妄想として切り捨てる必要もない。
つまり「裏垢=裏切り」ではなく「裏垢=オーディエンス分離装置」と見ると、ドヤコンガ事件から、まふまふ・みけねこ事件、さらには現代SNSの「本垢/趣味垢/鍵垢/裏垢」まで一本につながってくる。
POISON理論・最終形:
「言いたいことも言えない」
↓
「ならば言える相手だけに言おう」
↓
「ならばアカウントを分けよう」
↓
「結果、人格ではなく観客が分裂した」
――これが、現代SNSにおける「裏垢誕生の進化論」としては、かなり説得力のあるモデルなのである。