【ネット界の怪人】山本一郎氏とは?「35歳まで童貞」公言の真相とひろゆき氏の参謀だった過去
インターネット黎明期から「切込隊長」のハンドルネームで名を馳せ、現在はブロガーや実業家、投資家としてマルチに活動する山本一郎(やまもといちろう)氏。ネット黎明期の生き証人とも言える彼には、今も語り継がれるユニークなエピソードや、現在のネット社会の礎を築いた過去があります。この記事では、特に有名な2つのトピックについてまとめました。
1. 「35歳まで童貞」公言と電撃結婚の真相
山本一郎氏を語る上で、ネット上で定期的に話題になるのが「35歳まで童貞だった」というエピソードです。
■ 2008年の結婚報告で発覚
2008年3月、当時35歳だった山本氏は、20代後半の医師の女性と結婚したことを公表しました。その際、それまで自身が「35歳まで童貞であった」という事実がネットメディア等で大きく報じられ、当時のネットユーザーの間で大きな衝撃と祝福を呼びました。
■ 本人もネタとして公認
このエピソードは単なる噂ではなく、山本氏本人がSNSや自身のコラム、インタビューなどで度々自虐ジョークや過去の思い出話として言及しています。「30歳を過ぎて童貞だと魔法使いになれる」というネットスラングがありますが、まさにそれを地で行くエピソードとして、今なお親しまれています。
2. ひろゆき氏(西村博之)の「参謀」だった過去
「山本一郎氏はひろゆき氏の参謀だったのか?」という疑問に対し、結論から言うと「イエスであり、初期の2ちゃんねる(現5ちゃんねる)を裏で支えた最大のビジネスパートナー」でした。
■ 2ちゃんねる初期を支えた「軍師」の役割
- 資金・ビジネス面でのサポート: 2ちゃんねるが立ち上がった初期(2000年前後)、ボランティア運営でサーバー代の支払いに窮していたひろゆき氏を支えるため、広告枠の販売や資金繰りを担当しました。
- 事実上の副管理人: ひろゆき氏と共同で運営法人(イレギュラーズアンドパートナーズなど)を設立・経営に関与し、当時は「2ちゃんねるの副管理人」や「ひろゆきの軍師」として認知されていました。
■ なぜ決別したのか?現在の関係性
蜜月関係にあった二人ですが、2002年頃を境に経営方針やネット運営に対する考え方の違いから決別(袂を分かつ)することになります。
決別後は、山本氏がネットウォッチャーの視点からひろゆき氏の言動を厳しく批評する立場へと変化。時には裁判沙汰に発展することもあり、かつての「盟友」から、現在は「互いに一線を画すライバル・批評関係」となっています。
まとめ
35歳での結婚と「童貞公言」という人間味あふれるエピソードを持つ一方で、ひろゆき氏と共に日本の巨大掲示板カルチャーの土台を作った山本一郎氏。彼の歩んできた歴史は、そのまま日本のインターネットの歴史の一部であると言っても過言ではありません。