失礼しましたwwww スパイダーマンの『Brand New Day(BND)』ですね!😂
改めて、ピーター・パーカーが親友のネッドや元恋人MJを監視しすぎている問題として、徹底検証記事を作成します。
【悲報】スパイダーマンBNDのピーターさん、元親友と元カノを監視しすぎてネトスト疑惑が浮上wwwww
どうも、チャッピー記者です。
今回検証するのは、映画『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ(Brand New Day/BND)』におけるピーター・パーカーの行動についてである。
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の結末で、世界中の人々からピーター・パーカーに関する記憶が消去された。
親友のネッドも、愛するMJも、彼がピーター・パーカーだったことを覚えていない。
つまりピーターは、愛する人々を守るために、自分自身の存在を彼らの人生から消し去ったのである。
……ここまでは泣ける話だ。
問題は、その後のピーターさんの行動である。
自分の存在を忘れてもらったはずなのに、ネッドやMJの動向を追い続けているように見える。
これ、見方を変えれば「元親友と元カノの生活をこっそり見守り続ける男」なのではないだろうか?
愛なのか、未練なのか、それともネトストなのか。
早速、徹底検証していこう。
第1章:ピーターさん、忘れられた側なのに忘れられない
まず、ピーターの置かれた状況を整理する。
- ネッドはピーターの親友だった。
- MJはピーターの恋人だった。
- 世界からピーターに関する記憶が消えた。
- ピーターは彼らとの関係を失った。
ここで重要なのは、ピーターが彼らを忘れたわけではないということだ。
ネッドもMJも、ピーターにとっては大切な人間であり続けている。
しかし、彼らにとってピーターは、もはや思い出すことすらできない存在になってしまった。
この非対称性こそが、本作の悲劇の核心である。
ところが、視聴者の立場からすると、ここで一つの疑問が生まれる。
「もう関係を断ち切ったんだから、せめて距離を置けよ!」
もちろん、そんな簡単に割り切れるものではない。
長年の友情や恋愛感情を、魔法によって強制的に失ったところで、本人の感情まで都合よく消えるわけではないからだ。
むしろ、ピーターが彼らを気にかけ続けること自体は、人間として極めて自然な反応ともいえる。
ただし、自然な感情だからといって、すべての行動が正当化されるわけではない。
第2章:見守りとネトストの境界線とは?
ここで「ネトスト」という言葉を整理しておこう。
ネトストとは、一般にインターネット上で特定の人物の情報や行動を執拗に追跡することを指す俗語である。
一方、ピーターがやっているとされる行動は、単純なSNS閲覧だけではない。
相手の生活圏に近づき、相手の近況を確認し、場合によっては本人に気づかれない形で様子を見ているようにも映る。
ここで、行動を三段階に分けてみよう。
| 行動 | 判定 | 理由 |
|---|---|---|
| 元親友のSNSを見る | グレー寄りの白 | 一般公開情報を普通に閲覧するだけなら、直ちに問題とはいえない。 |
| 元恋人の近況を気にする | 感情としては自然 | 未練が残っていること自体は犯罪でも悪事でもない。 |
| 相手に隠れて生活を執拗に追跡する | 要注意 | 相手の意思やプライバシーを無視すれば、単なる見守りでは済まなくなる。 |
つまり、問題は「好きだった人を気にしていること」ではない。
相手の意思を尊重しながら距離を保てているかどうかが重要なのだ。
なお、作品内で描かれた行動が、現実の法律上のストーカー行為に該当するかどうかは別問題である。フィクション上の印象だけで法的評価を断定することはできない。
第3章:ピーターさん、愛が重すぎる説
そもそもピーターは、なぜネッドやMJを気にかけ続けるのか。
考えられる理由は、大きく三つある。
1. 単純に未練がある
最も分かりやすい理由である。
自分が愛した人間が、自分のことを知らずに幸せそうに暮らしている。
その姿を見れば、安心する一方で、寂しさも感じるだろう。
「元気そうでよかった」と「自分もそこにいたかった」は、矛盾せずに同時に成立する。
ピーターの行動には、この複雑な感情が表れていると解釈できる。
2. 自分がいなくても幸せであることを確認したい
『ノー・ウェイ・ホーム』のピーターは、世界を救うために自分の人生を犠牲にした。
だからこそ、自分の選択が正しかったのか、彼らが無事に暮らせているのかを確認したくなるのかもしれない。
これは一種の責任感ともいえる。
ただし、相手の幸せを確認することと、相手の人生に介入することは別である。
3. 自分の存在意義を失っている
こちらは、より深刻な解釈だ。
ピーターは友人も恋人も失い、社会的なつながりをほぼゼロに戻された。
それでも、彼らのことを考えている間だけは、かつての自分とのつながりを感じられるのではないだろうか。
つまり、ネッドやMJを見ているという行動は、彼らへの執着であると同時に、自分自身の過去を手放せないことの表れとも解釈できる。
これは単なる恋愛コメディーの話ではない。
人間関係を失った人間が、過去とのつながりをどこまで維持しようとするのか、という問題でもある。
第4章:過激派オタクくん「いや普通に怖いですwww」説
ここで、あえてピーターに厳しい立場を取ってみよう。
仮に、元恋人が自分の知らないところで生活を観察し続けていたとしたらどうだろうか。
相手が善意で行動していたとしても、知った側が恐怖や不快感を覚える可能性は十分にある。
「相手の幸せを願っているから大丈夫」という理屈は、必ずしも成立しない。
なぜなら、行動する側の善意と、行動される側の安心感は、別の変数だからだ。
ここでピーターの行動を、次のように評価できる。
- 感情面:大切な人を忘れられないのは理解できる。
- 倫理面:相手の意思とプライバシーを尊重する必要がある。
- 物語面:孤独なヒーローの悲劇を強調する演出として機能する。
したがって、「ピーターは悪人だ」と断定するのも、「愛が深いから何をしても許される」と擁護するのも、どちらも極端である。
過激派オタクくんのツッコミには一理あるが、ピーターの事情を無視して断罪するのもまた違うのだ。
第5章:スパイダーマンの能力、一般人が持ったら危険すぎる説
ここで、スパイダーマン特有の問題にも触れておきたい。
ピーターは超人的な身体能力や壁を登る能力などを持つヒーローである。
その能力は人命救助や犯罪防止に役立つ一方、一般人には不可能な場所から相手の様子を確認できる可能性も生む。
つまり、普通の人間なら物理的に難しい距離感の維持が、スパイダーマンには容易になってしまう。
これは、能力が高いほど倫理的な自己制御も重要になるという話だ。
強いから許されるのではない。
強いからこそ、自分の力をどこまで使うべきか考えなければならない。
もちろん、作中のピーターが能力を使って具体的にどこまで監視しているかは、個々の描写を確認して判断すべきである。能力を持っていることだけを根拠に、実際に監視行為を行ったと断定することはできない。
第6章:結論――ネトストなのか、それとも喪失を受け入れられない青年なのか
ここまでの検証を整理しよう。
| 検証項目 | 結論 |
|---|---|
| ピーターがネッドやMJを気にかける理由 | 友情、愛情、喪失感などから説明できる。 |
| その行動が不気味に映る可能性 | 十分にある。 |
| 気にかけるだけでネトスト認定できるか | できない。 |
| 相手の意思を無視した追跡は正当化できるか | 善意だけでは正当化できない。 |
| 物語上の意味 | ピーターの孤独と、過去への執着を表現する要素になり得る。 |
結局のところ、ピーターの行動をネトストと呼べるかどうかは、具体的に何をしているのかによって変わる。
しかし、視聴者が「いや、そこまで気にするんかいwww」とツッコミたくなる構図が生まれていること自体は、キャラクターの孤独を考えるうえで興味深い。
自分の存在を忘れてもらうことと、自分が相手を忘れることは違う。
ピーターは世界から忘れられた。
だが、ピーターの中から世界が消えたわけではない。
だからこそ、彼はかつて大切だった人々を気にかけ続ける。
それは美しい愛情にも見えるし、距離感を間違えれば不穏な執着にも見える。
「愛する人を守るために離れること」と「離れた相手をいつまでも追い続けること」は、似ているようでまったく違う。
この境界線こそが、ピーター・パーカーという青年の悲劇であり、本作をめぐって議論する価値のあるポイントなのではないだろうか。
以上、チャッピー記者がお届けしました。