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敢えて言おう、「恋路ロマネスク」はシリーズナンバーワンEDソングであると!説www

もちろんです。今回は「シリーズナンバーワン」という主観的評価を、曲そのもの・歌詞・キャラクターとの適合性・ED映像との相性・シリーズ内での立ち位置からガチ検証します。

【徹底検証】敢えて言おう、「恋路ロマネスク」はシリーズナンバーワンEDソングであると!説wwww

結論から言おう。

「恋路ロマネスク」は、『さよなら絶望先生』シリーズにおけるナンバーワンEDソングである。

異論は認める。

しかし、「絶望先生のEDとして一番完成度が高い曲は何か?」という問いに限定するなら、かなり本気で「恋路ロマネスク」を推せる。

しかも面白いのは、この曲が『俗・さよなら絶望先生』の第1~4話に使われた「サブエンディング」だったことである。

つまり、最初からシリーズを代表するメインEDとして君臨していたわけではない。

それなのに、記憶への残り方は異常。

■ まず「恋路ロマネスク」とは何なのか

「恋路ロマネスク」は、2008年放送の『俗・さよなら絶望先生』で使用されたEDテーマ。

歌唱は絶望少女達(小森霧・常月まとい・小節あびる・藤吉晴美)。

作詞は村野直球、作曲・編曲は橋本由香利。

公式チャンネルでも「俗・さよなら絶望先生」のEDテーマとして紹介されている。

さらにアニメの使用状況を見ると、通常のED「マリオネット」が第5~12話なのに対して、「恋路ロマネスク」は第1~4話のサブEDとして使用された。

ここがまず重要だ。

「恋路ロマネスク」は、俗・絶望先生の序盤を象徴するEDなのである。

■ 第1の理由:曲のテーマが「絶望先生」と異常なほど噛み合っている

この曲の最大の武器は、単純な「恋愛ソング」ではない。

叶わない恋を、自分から勝手に始めて、自分から勝手に傷ついていく。

この構造が、絶望先生の世界観と猛烈に噛み合う。

歌詞では、相手には自分とは正反対の相手がいることを認識しながら、それでも恋心を抱き続ける構図が描かれる。さらに「赤い糸」と「青い糸」を対比させ、届かない恋を「傷」として描いている。

これが絶望先生世界において強い。

なぜなら『さよなら絶望先生』という作品そのものが、

  • 望んでもどうにもならない
  • 努力しても報われない
  • 本人だけが勝手に苦しむ
  • しかもその苦しみを妙に美しくネタ化する

という「絶望を美学に変換する装置」だからである。

「恋路ロマネスク」は、その構造を恋愛に落とし込んでいる。

■ 第2の理由:「絶望少女達」の人選が完璧すぎる

ここも非常に重要。

歌っているのは小森霧、常月まとい、小節あびる、藤吉晴美の4人。

つまり、恋愛・執着・傷・妄想といったテーマとの親和性が非常に高いメンバーである。

一方、第13話の「オマモリ」は別の4人が担当し、第5~12話の「マリオネット」はROLLYと絶望少女達による別編成となっている。

つまり「恋路ロマネスク」は、単に人気キャラを並べた曲ではない。

曲の世界観に合わせたキャラクター編成そのものが成立している。

■ 第3の理由:恋愛ソングなのに「幸せになること」をゴールにしていない

一般的なアニメ恋愛ソングなら、

「あなたが好き」
↓
「いつか振り向いて」
↓
「二人で幸せに」

という方向に進みがちである。

ところが「恋路ロマネスク」は違う。

相手が幸せなら、自分は不幸せなままでもいい。

しかも相手の失恋を願ってしまう。

この「愛情と嫉妬と自己犠牲と執着が全部同居している」感じが、実に絶望先生的なのだ。

きれいな純愛ではない。

かといって完全なギャグでもない。

「笑えないくらい切ないのに、どこか笑えてしまう」。

この絶妙な温度感こそ、『さよなら絶望先生』の音楽として強い。

■ 第4の理由:橋本由香利の作曲・編曲が強すぎる

作詞だけではここまでの楽曲にはならない。

「恋路ロマネスク」は橋本由香利による作曲・編曲。

歌詞の内容はかなり重いのに、楽曲そのものには独特の柔らかさとポップさがある。

ここがポイント。

歌詞だけなら「重い失恋ソング」になり得る。

しかし曲がポップで美しいため、聴いている側は「悲しい」のに同時に「気持ちいい」という状態になる。

これがアニメEDとして強烈。

本編終了。

↓

余韻。

↓

「恋路ロマネスク」開始。

↓

絶望的な恋愛感情を美しいメロディーで浴びる。

このコンボが完成している。

■ 第5の理由:「シリーズナンバーワンED」として最大のライバルが強すぎる

もちろん「恋路ロマネスク」だけを持ち上げるのはフェアではない。

絶望先生シリーズには、他にも強力なEDが存在する。

曲 評価 強み
恋路ロマネスク S+ 切なさ・キャラ・世界観の融合
マリオネット S ROLLYによる圧倒的個性
オマモリ A+ 柔らかさ・キャラクター性
絶望レストラン S 絶望先生らしい毒とポップさ

特に「マリオネット」は、第5~12話という長い期間にわたって使われたメインEDであり、ROLLYという強烈な存在もある。

さらにシリーズ全体で見れば「絶望レストラン」など後続の名曲も存在する。

したがって、

「知名度ナンバーワン」
「メインEDとしての格ナンバーワン」
「シリーズ全体を代表する曲ナンバーワン」

といった基準では結論は変わり得る。

しかし、

「EDとして作品の感情を最も美しく凝縮した曲」

という基準なら、恋路ロマネスクは極めて強い。

■ 第6の理由:「サブEDなのに伝説」という下剋上性能

むしろ最大の評価ポイントはここかもしれない。

公式上は「サブエンディングテーマ」。

使用話数も第1~4話。

対して「マリオネット」は第5~12話のメインED。

普通に考えれば、後者のほうが「シリーズを代表するED」として記憶されてもおかしくない。

ところが「恋路ロマネスク」は、短期間の使用にもかかわらず異様に記憶に残る。

これは楽曲の完成度だけでなく、

「作品を見始めた頃の記憶」とED曲が強固に結びついている

からだと考えられる。

アニメにおいてEDは、本編終了直後に毎週流れる「最後の記憶装置」である。

そのため序盤4話で強烈な印象を残した「恋路ロマネスク」は、短命だったからこそ幻の名曲感まで獲得してしまった。

■ 「シリーズナンバーワン」は客観的事実なのか?

ここは冷静に線引きしよう。

客観的に「シリーズナンバーワン」と証明することはできない。

音楽の評価には、知名度、売上、再生数、作曲、編曲、歌唱、歌詞、映像、個人の思い出補正など複数の軸が存在するからである。

したがって、

「恋路ロマネスクがシリーズナンバーワンである」

という命題は、数学的な事実ではなく批評的評価である。

しかし、その評価を成立させる根拠はかなり多い。

■ チャッピー先生判定

評価項目 判定
絶望先生との親和性 ★★★★★
歌詞の切なさ ★★★★★
キャラクターとの適合性 ★★★★★
楽曲としての完成度 ★★★★★
EDとしての余韻 ★★★★★
シリーズ内での個性 ★★★★★
「サブEDなのに記憶に残る」性能 ★★★★★

■ 最終結論

敢えて言おう。

「恋路ロマネスクは、シリーズナンバーワンEDソングである」と。

もちろん「マリオネット」も強い。

「オマモリ」も良い。

シリーズ後半のEDにも名曲はある。

しかし「恋路ロマネスク」には、

  • 叶わない恋
  • 嫉妬
  • 執着
  • 自己犠牲
  • 絶望
  • それでも消えない恋心

という『さよなら絶望先生』の美学そのものが詰まっている。

しかも、それを重苦しいバラード一本槍ではなく、キャッチーで美しいポップソングとして成立させている。

これは強い。

強すぎる。

そして何より、「あなたが幸せなら私は不幸せのままでいい」という、普通のラブソングなら完全に闇落ち案件になりそうな感情を、作品世界の中では妙に美しく成立させてしまう。

まさに「絶望を歌にしたら、なぜかロマンチックになってしまった」。

それこそが「恋路ロマネスク」の最大の勝利なのである。

よって判定は――。

「恋路ロマネスク、シリーズED界のTier GOD説――かなり有力。」

サブED?

知ったことではない。

名曲は肩書きを超える。

これが結論である。

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