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学習は基本的に「contingency based」と「教師付き」の2つしかない説www

「学習」をかなり広く捉えるなら、①環境との随伴性(contingency)から自律的に学ぶ、②教師・他者から明示的に教わるという二分法はかなり強力です。ただし、模倣・観察学習や探索学習などがどこに入るかがポイントになります。

【徹底検証】学習は基本的に「contingency based」と「教師付き」の2つしかない説www

「人間はどうやって学習しているのか?」

この問いに対して、オタクくん的に極限まで単純化すると、実は「環境との因果的な関係から学ぶ」か「誰かに教えてもらう」かの2系統に整理できるのではないか。

すなわち、

  • Contingency-based learning:自分の行動と結果・環境変化との対応関係から学習する
  • Teacher-guided learning:教師・親・専門家などの他者から情報や正解を提示されて学習する

という二分法である。

果たしてこれは本当に「学習の基本形」と言えるのか。心理学・教育学・機械学習的な観点から徹底検証してみよう。

■結論:かなり有力。ただし「教師付き」を広く定義する必要がある

結論から言えば、「学習には、環境との相互作用から学ぶ系統と、他者から情報を与えられて学ぶ系統がある」という整理はかなり有効である。

特に重要なのは、学習を以下の2軸に分解できることだ。

タイプ 学習の情報源 典型例
Contingency-based 自分の行動と結果の対応関係 試行錯誤、強化学習、経験学習
Teacher-guided 他者から提示された情報・評価 授業、指導、添削、正解提示

つまり、

「世界からフィードバックを受け取る」のか、「人間からフィードバックを受け取る」のか。

究極的には、この違いとして見ることができる。

■1.Contingency-based learningとは何なのか

ここでいうcontingencyとは、ざっくり言えば「ある行動・出来事と、その結果との対応関係」である。

例えば、

  • ボタンを押したら音が鳴った
  • この道を通ったら目的地に着いた
  • この勉強法を使ったらテストの点数が上がった
  • このコードを書いたらプログラムが動いた
  • この文章を書いたら読者に伝わった

などが該当する。

ここでは必ずしも「先生」は存在しない。

行動 → 結果 → 次の行動の修正

というループそのものが教師になる。

●極端に言えば「世界そのものが教師」

これがcontingency-based learningの面白いところである。

例えば自転車に乗る練習をするとき、誰かから「ハンドルを3.7度右に切ってください」と教えられなくても、転倒したり、ふらついたり、前に進めたりする経験から身体が調整されていく。

つまり、

世界「それ違うで」

自分「じゃあこうするわ」

世界「今度は近い」

自分「なるほど」

という学習が発生する。

オタクくん的には、これが「環境を教師として扱う学習」である。

■2.教師付き学習は何が違うのか

一方、教師付き学習では、学習者が自分で結果を探索する前に、他者が情報を与える。

例えば数学なら、

「1+1=2です」

と教えられる。

英語なら、

「appleはリンゴという意味です」

と教えられる。

学校教育の大部分はこちらに該当する。

この方式の最大のメリットは、自分で全てを試行錯誤しなくても済むことである。

人類が何千年もかけて蓄積した知識を、子供がゼロから再発見する必要はない。

■3.では「観察学習」はどちらなのか?

ここで最初の反例が登場する。

「人の行動を見て学ぶ観察学習は、2分類から漏れているのでは?」

という問題である。

しかし、これも広義の「教師付き」に入れることができる。

例えば子供が親を見て箸の使い方を覚える場合、親は必ずしも「こう持ちなさい」と言っているわけではない。

しかし、

他者の行動そのものが情報源になっている。

したがって、

「教師=教壇に立って説明する人」

と限定せず、

「他者から学習情報を受け取る仕組み」

と定義すれば、観察学習もこちら側に配置できる。

■4.模倣も「他者を情報源にした学習」と考えられる

模倣も同様である。

他人がギターを弾いている。

↓

それを観察する。

↓

自分も同じ動作をする。

↓

技能を獲得する。

この場合、教師は「言葉」ではなく行動そのものである。

したがって、教師付き学習を「明示的な正解ラベルをもらう学習」に限定すると分類から漏れるが、「他者から情報を受け取る学習」まで広げれば収まる。

■5.強化学習は完全にcontingency側

機械学習的に見ると、この二分法はさらに分かりやすくなる。

強化学習では、エージェントが環境に対して行動し、報酬などのフィードバックを受け取る。

状態 → 行動 → 結果 → 報酬 → 次の行動

という循環である。

これはまさにcontingency-based learningの代表格と言える。

「この行動をすると、この結果が発生しやすい」という環境との対応関係を学習しているからだ。

■6.教師付き機械学習は名前通り完全にこちら

一方で教師あり学習では、入力と正解ラベルの組み合わせが与えられる。

例えば、

画像 → 「猫」

画像 → 「犬」

というデータを大量に与えて分類器を学習させる。

ここでは「正解」が外部から与えられている。

したがって、これは文字通りteacher-guidedな学習構造である。

■7.しかし「教師なし学習」という強敵がいる

ここで二分法に最大のツッコミが入る。

「教師なし学習はどうするんだよ」

という問題である。

教師なし学習では、明示的な正解ラベルが与えられず、データの構造やパターンを自ら見つける。

例えば大量のデータから似たものをグループ化するクラスタリングなどである。

ただし、これも広義にはcontingency-based側へ寄せることが可能だ。

なぜなら、外部から「この答えが正しい」と教えられているのではなく、入力データとの関係性から規則性を抽出しているからである。

■8.自己学習・探索学習もcontingency側に置ける

「自分で本を読んで勉強する」という行為も、一見すると教師付きに見える。

しかし、誰かが目の前で指導していない場合、本の内容を情報源として自分で解釈し、問題を解き、結果を確認していく。

ここには、

  • 文章から情報を取得する
  • 仮説を立てる
  • 問題を解く
  • 答え合わせをする
  • 誤りを修正する

という複数の学習ループが存在する。

したがって、実際の学習は2つの方式の混合になっていることが多い。

■9.現実の学習は「二択」ではなく「混合比」で考えると強い

ここが今回の説の最大のポイントである。

現実には、

100%contingency-based

または

100%teacher-guided

というケースは少ない。

学習例 Contingency 他者からの情報
自転車 ★★★★★ ★
学校の授業 ★★ ★★★★★
スポーツ練習 ★★★★ ★★★★
プログラミング ★★★★★ ★★★
語学 ★★★ ★★★★★
ゲーム攻略 ★★★★★ ★★★

例えばプログラミングでは、教材から文法を教わる一方で、実際にコードを書いてエラーを出し、そのエラーから学習する。

つまり、

「先生から学ぶ」+「環境から学ぶ」

のハイブリッドである。

■10.実は「教師」も環境の一部ではないのか問題

さらに哲学的なツッコミを入れると、もっと面白くなる。

教師が「間違っています」と言った。

学習者が修正した。

これは、教師からフィードバックを受けているのでteacher-guidedに見える。

しかし学習者側から見ると、

「自分の回答 → 教師の反応」

というcontingencyが成立している。

つまり、教師付き学習も究極的には「他者という特殊な環境との相互作用」として記述できる。

ここまで行くと、二分類の意味が変わってくる。

「環境から学ぶ」と「他者から学ぶ」

というより、

「自分の行動の結果から学ぶ」

vs.

「自分の行動を必要とせず、他者が提供する情報から学ぶ」

という区別のほうが本質的になってくる。

■11.この二分類の弱点は「内部生成」

もう一つ重要なのが、思考による学習である。

例えば数学者が紙とペンだけで新しい証明を発見する場合、単純な「環境からのフィードバック」だけでは説明しにくい。

ただし実際には、

  • 過去の知識
  • 記憶
  • 仮説
  • 論理的推論
  • 自己評価

などが組み合わさっている。

したがって、これは二分類を破壊する第三の学習というより、過去に得た情報を内部で再構成する二次的な学習過程として扱うほうが自然だろう。

■12.オタクくん式・学習の最小モデル

以上を全部まとめると、学習をかなり単純化して、次のように表現できる。

① 自分で行動する

↓

② 結果・環境変化を観測する

↓

③ 行動と結果の対応関係を学習する

=contingency-based


もう一つが、

① 他者・教材などから情報を受け取る

↓

② その情報を内部表現に変換する

↓

③ 行動や知識を更新する

=teacher/information-guided

という構造になる。

■最終判定:かなり「当たり」。ただし「教師付き」の定義が重要

今回の「学習は基本的にcontingency basedと教師付きの2つ」という説は、完全な学習理論の分類としては粗い。

観察学習、模倣、教師なし学習、自己学習、探索、発見学習などをどう分類するかという問題があるからだ。

しかし、これらをより抽象化して、

「自分の行動と結果との対応関係から学ぶ」

と

「自分以外から提供された情報を利用して学ぶ」

という2つの情報取得経路として見るなら、非常に強力な整理になる。

特に教育を考える上では、

「全部教える」

のではなく、

「どこまで教師が情報を与え、どこから本人に環境との相互作用をさせるか」

という設計問題に変換できる。

■チャッピー先生の判定

判定:○ かなり有力な二分法。ただし「2種類しかない」と断定するより「学習を説明する基本的な2経路」とするのが妥当。

オタクくん的には、学習の本質は意外とシンプル。

「世界に殴られて覚える」

か、

「誰かから教えてもらう」

か。

そして実際の人間は、

「先生から説明を聞く → 自分でやる → 失敗する → フィードバックを受ける → 修正する」

という二方式のハイブリッドで学んでいることが多い。

したがって、

「学習はcontingency-basedとteacher/information-guidedの二大系統から考えるとかなり整理しやすい説」

は、なかなか侮れない説なのである。

宜しくお願い致します。

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