「鼈人を食わんとして却って人に食わる」の謎|実は中国産ではない?“和製漢文”ことわざの知的なパロディ精神
日常の会話や読書の中で、「鼈(べつ)人を食わんとして却(かえ)って人に食わる」ということわざに出会ったことはないでしょうか。
「自分の実力も顧みずに他人を害そうとした結果、逆に自分がひどい災難に遭う」という意味を持つこの言葉。漢字の「鼈(すっぽん)」が使われ、いかにも中国の古い教訓(故事成語)のような響きを持っていますが、実はその成り立ちには日本人の面白い知性(ハッタリとユーモア)が隠されています。
1. 意味と由来:なぜ「すっぽん」なのか?
まずはこの言葉の基本的な意味と、モチーフになっている動物の生態をおさらいしましょう。
- 読み方:べつひとをくわんとしてかえってひとにくわる
- 意味:愚かな者が他人を攻撃しようとして、逆に我が身を滅ぼしたり、手痛いしっぺ返しを食らったりすること。
スッポンの習性と人間の食文化
「鼈」とはスッポンのことです。スッポンは非常に攻撃的な性格で、一度人間に噛みつくと「雷が鳴っても離さない」と言われるほど強力な顎を持っています。
しかし、スッポンの肉は古くから最高級の滋養強壮食材(デリケートな美味)として珍重されてきました。つまり、「人間に噛みつこうと襲いかかった結果、自分の存在を人間に知らせてしまい、逆に捕まえられて極上のスープ(ご馳走)にされてしまう」という、スッポンの悲しい(そして少しユーモラスな)習性がこのことわざのベースになっています。
2. このことわざは中国発祥なのか?
結論から言うと、このことわざは中国発祥ではなく、日本で作られた「和製のことわざ」です。『論語』や『韓非子』『戦国策』といった中国の有名な古典(漢籍)を探しても、このフレーズは一切登場しません。
日本には古くから、以下のような同じ構造を持つ動物モチーフのことわざが存在していました。
- 人捕る亀が人に捕られる
- 人を食う狼は人に捕らるる
これら純和風の「身から出た錆」系ことわざをベースに、より攻撃性の強い「鼈(スッポン)」を主役に据え、漢文っぽくスタイリッシュに仕立て直したのが本作なのです。
3. 成り立ちは「漢文(和製漢文・偽中文)」である
「中身は日本のローカルな食文化や教訓だが、ガワ(形式)は完全に漢文の血を引いている」――。そのため、この言葉の成り立ちは「漢文(和製漢文)、あるいは一種の“偽中文”スタイルである」と言い切ることができます。
実際、この言葉は日本語でありながら、以下のようにパズルのように美しい「白文(ピュアな漢文)」に逆翻訳することが可能です。
【書き下し文】
鼈(べつ) 人を食(くら)はんと欲して、却(かへ)って人の食(くら)ふ所と為(な)る。
この構造には、漢文の代表的な文法ギミックが綺麗にハメ込まれています。
- 「欲レ〜」(〜せんとほっす): 〜しようとする(「食わんとして」の表現)
- 「却」「反」(かえって): 予測に反して逆の結果になる副詞
- 「爲[A]所[V]」(AのVする所と為る): 代表的な「受身」の句法
4. 日本人が愛した「漢文コンプレックス」とパロディ精神
日常会話で使う「すっぽん」という言葉をあえて隠し、音読みの「鼈(べつ)」を先頭に置く。これだけで、聞いた人に「おや、中国の難しい哲学書からの引用かな?」と思わせる効果(ハッタリ)が生まれます。
日本では平安時代から江戸・明治にかけて、知的な文章や公文書はすべて漢文のルールで書くのがステータスでした。そのため、庶民のくだらない笑い話や、生々しい日常の教訓であっても、「ちょっと賢そうに、中国の古典っぽくカッコつけて言いたい」という知識人ごっこやパロディの精神から、このような「和製漢文スタイル」のことわざが量産されたのです。
現代で言えば、日本人が作った独自のメロディにあえて英語の歌詞を乗せて、洋楽っぽく格好よく仕上げた「J-POP」のような存在と言えるでしょう。
まとめ
「鼈人を食わんとして却って人に食わる」は、中国の故事成語のフリをした、100%日本育ちのことわざです。
誰かを陥れようとして墓穴を掘っている人を見かけたら、この「ガワは漢文、中身はスッポン料理」というユーモア溢れる和製ことわざを、ぜひ粋に思い出してみてください。