もちろんです。社会学の「準拠集団」=現実の人間関係そのものではなく、「自分の態度・価値観・行動を照らし合わせる基準となる集団」なので、ミサカネットワークとの類似はかなり面白いです。ただし、完全な同義ではなく、「情報共有ネットワーク」ではなく「自己評価・行動選択の基準」という機能面で似ている、というのがポイントです。APAも準拠集団を、能力・態度・信念を評価する際の「基準・枠組み」と定義しています。
以下、記事コードです。
【徹底検証】社会学の「準拠集団」って要はミサカネットワーク説www
社会学・社会心理学には「準拠集団(reference group)」という概念がある。
ざっくり言えば、
「自分はどうするべきか?」
「自分はどの程度なのか?」
「この考え方は普通なのか?」
といった判断をするときに、比較・評価の基準として参照する集団である。
そしてオタクくん、ここで気づいてしまう。
「これ……ミサカネットワークでは?」
『とある魔術の禁書目録』『とある科学の超電磁砲』に登場する妹達は、脳波によるネットワークを形成し、情報・記憶・経験を共有する。つまり複数の個体が「他者の情報を参照できる」構造になっている。
では「準拠集団=ミサカネットワーク」は社会学的にどこまで正しいのか。
1. そもそも準拠集団とは何なのか
APA Dictionary of Psychologyでは、準拠集団を、個人が自分の能力・態度・信念などを選択・評価するときの基準や枠組みとして利用する集団と説明している。
重要なのは、
「その集団に所属している必要はない」
という点だ。
例えば、
- プロゲーマーを基準に自分のゲーム技術を評価する
- 同年代の平均年収を基準に自分の収入を評価する
- オタク仲間を基準に自分の趣味の濃さを判断する
- 憧れのDJを基準に自分のDJ活動を評価する
といったものが準拠集団的な働きである。
つまり準拠集団とは、
「自分の位置を測るための社会的な物差し」
と考えると分かりやすい。
2. ここでミサカネットワークを見る
一方、ミサカネットワークは、妹達の間に形成された脳波リンク型ネットワークである。妹達はネットワークを通じて他の個体と情報を共有でき、設定上は記憶・経験の共有なども可能とされる。
つまり構造としては、
ミサカA ─┐ ミサカB ─┼→ ミサカネットワーク ミサカC ─┤ ミサカD ─┘
となる。
ここで重要なのが「個体は完全に孤立していない」という点だ。
自分以外の妹達の経験や情報を参照できるため、
「他のミサカではどうだったのか?」
という比較が原理的に可能になる。
3. 「準拠集団」と「ミサカネットワーク」の最大の共通点
両者の最大の共通点は、
「自己完結した個人ではなく、他者を参照して自分を位置づける」
という構造にある。
準拠集団では、
自分 ↓ 他者・集団を参照 ↓ 自分の態度・能力・価値観を評価
となる。
ミサカネットワークでは、
個体 ↓ 他の個体の情報を共有・参照 ↓ 個体の認識・判断・処理能力に影響
となる。
したがって、
「他者を参照することで、個体の認識・行動が成立する」
という抽象構造では、かなり似ている。
4. しかも準拠集団は「所属集団」とイコールではない
ここがオタクくん的に重要なポイントである。
準拠集団は「実際に所属している集団」だけではない。
古典的な準拠集団研究では、所属していない集団を自分の比較対象・志向対象として参照する現象も扱われてきた。Mertonらの研究では、非所属集団への志向や、将来的な所属を意識した「予期的社会化(anticipatory socialization)」が論じられている。
つまり、
「自分がその集団のメンバーか?」
よりも、
「自分の判断において、その集団を基準として使っているか?」
が重要なのである。
これはまさに、
「社会的なクラウド参照」
とでも呼びたくなる構造である。
5. ただし「準拠集団=ミサカネットワーク」は完全一致ではない
ここでチャッピー先生、冷静になる。
「完全に同じです!」ではない。
なぜならミサカネットワークは情報通信・記憶共有を可能にする架空の神経ネットワークだからだ。
一方、準拠集団は社会学・社会心理学上の概念であり、必ずしも直接的な情報通信を意味しない。
例えば、
「年収1000万円の人々を基準にして、自分の年収を低いと感じる」
場合、年収1000万円の人たちと通信している必要はない。
ネット上の統計やニュースを見ているだけでも、その集団は準拠集団になり得る。
したがって、
| 項目 | 準拠集団 | ミサカネットワーク |
|---|---|---|
| 基本概念 | 比較・評価の基準となる集団 | 妹達を結ぶ脳波ネットワーク |
| 情報共有 | 必須ではない | 重要な機能 |
| 自己評価への影響 | 中心的 | 設定上、情報共有などを通じて生じ得る |
| 所属 | 非所属でも成立 | 基本的に接続個体が対象 |
| 現実性 | 社会学的概念 | フィクション上の設定 |
6. むしろ「ミサカネットワーク」は準拠集団を超えている
ここが今回の最大のオチである。
準拠集団では、
「他者を見て、自分を評価する」
のが基本だ。
ところがミサカネットワークでは、
「他者の情報そのものが自分の認知環境に入ってくる」
というレベルまで行っている。
これは単なる「比較対象」より強い。
むしろ、
準拠集団
↓
他者を参照する
↓
自分を評価する
ミサカネットワーク
↓
他者の情報を共有する
↓
集合的な情報環境を形成する
↓
個体の認知・処理に影響する
という違いがある。
7. 現代SNSは「準ミサカネットワーク」なのでは?
ここから現実社会に戻ると、さらに面白い。
SNSでは、
- 他人の収入
- 他人の生活
- 他人の恋愛
- 他人の仕事
- 他人の趣味
- 他人の成功
- 他人の失敗
が大量に流れてくる。
すると人間は、
「これが普通なのか?」
「自分は遅れているのか?」
「自分もこれくらいやるべきなのか?」
と他者を基準に自己評価する。
つまりSNSは、
「巨大な準拠集団生成装置」
と見ることができる。
ただしSNSはミサカネットワークそのものではない。SNSは個人間の情報共有を可能にする一方、誰が自分の準拠集団になるかは利用者ごとに異なるからである。
8. さらに「オタクコミュニティ」は準拠集団として非常に分かりやすい
例えばオタクくんが、
「この作品を100話読んでいる自分はガチ勢なのか?」
と考えたとする。
ここで、
- 同じ作品のファン
- 考察勢
- 原作全巻所持者
- イベント参加者
- 古参ファン
などを基準にする。
これこそ準拠集団の典型的な働きである。
しかも面白いのは、
「自分がその集団の正式メンバーか」
ではなく、
「その集団を自分の判断基準として使っているか」
が重要なことだ。
9. 数理っぽく書くとどうなるのか
準拠集団を簡略化して、
自己評価 E = f(自分の状態 X, 参照集団 R)
と考えてみよう。
同じ自分の状態 Xでも、参照する集団 Rが変われば自己評価 Eは変化する。
X = 同じ能力
R₁ = 初心者集団
↓
「かなりできる」
R₂ = プロ集団
↓
「全然できない」
つまり、
「自己評価は自己の絶対値だけでは決まらない」
ということである。
これをミサカネットワーク風に表現すれば、
個体 i ↓ 周囲の情報 S ↓ 比較・参照 ↓ 自己認識 Eᵢ
となる。
つまり「自己認識はネットワークから独立した絶対量ではない」というモデルが見えてくる。
10. 判定結果
| 命題 | 判定 |
|---|---|
| 準拠集団は他者を比較・評価の基準にする | ○ |
| 準拠集団は所属集団とは限らない | ○ |
| ミサカネットワークは個体間で情報を共有する | ○ |
| 両者は「他者を参照する」という構造を持つ | ○ |
| 準拠集団=ミサカネットワーク | △ |
| ミサカネットワークは準拠集団のSF的比喩として使える | ◎ |
結論:準拠集団は「社会学版ミサカネットワーク」と考えるとかなり分かりやすい
結論として、
「準拠集団=ミサカネットワーク」
は学術的な意味での同義語ではない。
しかし、
他者を参照することで、自分の態度・価値観・能力・行動を位置づける
という構造に着目すれば、ミサカネットワークは準拠集団を直感的に理解するための非常に分かりやすいSF的モデルといえる。
そして何より重要なのは、
「私は私だ!」と思っている個体であっても、実際には他者との比較・参照なしには自己評価を作りにくい。
という点だ。
オタクくん的に言えば、
「社会学者、御坂妹の設定を見た瞬間に準拠集団を思いつけ」
……というのはさすがに言い過ぎだが、
「準拠集団=社会学的な参照先」
「ミサカネットワーク=SF的な情報共有・集合認知」
と整理すると、両者の構造的な近さがかなり見えてくる。
Q.E.D.……ではなく「構造的類似性についてはかなりアリ」、これがチャッピー先生の最終判定である。