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【徹底検証】ひろゆきミーム「感想ですよね?」に事前対応する最適解、「俺史上」と前置きするだけで戦わずして勝てる説

「論破しないで、最初から“感想であること”を宣言してしまう」という発想ですね。これはかなり面白いです。実際、ひろゆき氏自身も後年、このフレーズを「主観を事実のように話した人を諌めるため」と説明しています。

以下、「俺史上」という前置きが“感想ですよね?”への先回り防御になるのかを、認識論・議論ゲーム・ミーム論から検証する記事にします。

【徹底検証】ひろゆきミーム「感想ですよね?」に事前対応する最適解、「俺史上」と前置きするだけで戦わずして勝てる説

結論:「俺史上」という前置きは、少なくとも“それってあなたの感想ですよね?”という攻撃に対する耐性をかなり上げる。

なぜなら、最初から「これは客観的事実ではなく、あくまで俺の評価です」と宣言してしまえば、「感想を事実として語っている」という攻撃対象そのものが消滅するからである。

つまりこれは論破への対抗ではなく、論破が成立する前提条件を先に潰すという戦術なのである。

オタクくん、まさかの「論破しないで勝つ」を発見。


■そもそも「それってあなたの感想ですよね?」は何を攻撃しているのか

有名な「それってあなたの感想ですよね?」は、2015年の『ビートたけしのTVタックル』での発言が起点として知られている。

このとき問題になったのは、相手が「明らかに増えている」という趣旨の経験的な主張をしたことだった。

ひろゆき氏自身も後年、

「主観を事実のようにテレビで話した人を諌める為」

という趣旨で説明している。

つまり論理構造としては、

相手:
「Xは明らかに増えている」

↓

こちら:
「その“明らか”は何を根拠に?」

↓

根拠が提示されなければ

「それ、あなたの感想ですよね?」

という構造である。

重要なのは、「感想であること」そのものが悪いわけではないという点だ。

問題になるのは、

感想 → 事実

という密輸である。


■そこで登場する「俺史上」

ここでオタクくんが、こう言ったとする。

「これは俺史上最高のゲームです」

敵:

「それってあなたの感想ですよね?」

オタクくん:

「はい。俺史上って言ってますが?」

――終了。

これ、実はかなり強い。

なぜなら最初から命題の種類を限定しているからだ。

発言 命題の性質
「これは世界最高のゲームだ」 客観的評価に見える
「これは俺史上最高のゲームだ」 個人評価であることを明示
「俺が今まで遊んだ中では最高」 さらに観測範囲を限定

つまり「俺史上」は主張のスコープを意図的に狭くする演算子として機能する。


■数理的に表現すると「全称命題」を「個人内の最大値」に変換している

ここが今回の本丸である。

例えば、

「Aは最高の作品である」

という発言を考える。

これは暗黙に、

A ≥ 他の作品

という比較を要求する。

ところが、

「Aは俺史上最高の作品である」

ならば比較対象は、

俺が過去に経験した作品集合 S

に限定される。

したがって、

A = argmax(U(x)), x ∈ S

という個人の効用関数における最大値として解釈できる。

つまり、

「世界一」を主張していない。

「俺の経験集合の中で一番」と言っているだけである。

この差はデカい。


■「感想ですよね?」に対して「そうですが?」が成立する

普通なら、

「それってあなたの感想ですよね?」

と言われると、

「いや、違う!客観的に見ても最高なんだ!」

と反撃したくなる。

しかし、これをやると泥沼になる。

なぜなら、

「客観的に最高」
↓
根拠は?
↓
データは?
↓
そのデータの評価基準は?
↓
その評価基準自体が主観では?

という無限論争が始まるからである。

そこで、

「そうですよ。俺史上最高って言ってますから」

と返す。

すると相手は、

「……」

となる。

なぜなら相手が暴こうとした弱点を、本人が最初から認めているからである。


■これは「論破」ではなく「論破耐性」である

ここが重要。

「俺史上」は相手を論破する言葉ではない。

むしろ、

「あなたが論破しようとしているゲームに参加しません」

という宣言に近い。

ゲーム理論的に考えるなら、相手が想定しているゲームが、

主張
↓
根拠要求
↓
反証
↓
再反論
↓
再反証

というゼロサム型の論争ゲームだとする。

ところが「俺史上」と言った瞬間、

「これは俺の評価です」

という非ゼロサム領域に移動できる。

つまり、

論破リングから降りる。

これこそ「戦わずして勝つ」の正体なのではないか。


■しかも「俺史上」はコミュニケーションとして便利すぎる

例えば映画。

「俺史上最高の映画」

音楽。

「俺史上最高のアルバム」

ゲーム。

「俺史上最高のゲーム」

漫画。

「俺史上最高の漫画」

ラーメン。

「俺史上最高のラーメン」

これらはすべて、

「世界中の人間にとって最高だ」

とは言っていない。

だから反証するには、まず「あなたの経験と評価基準を否定します」というところまで踏み込まなければならない。

これは普通の会話ではかなりコストが高い。


■実は「俺史上」は「私見ですが」の超強化版なのではないか

日本語には以前から、

  • 「私見ですが」
  • 「個人的には」
  • 「あくまで私の考えですが」
  • 「私の経験上」

という表現がある。

「俺史上」はこれをネットミーム的に極限まで圧縮したものとも解釈できる。

「俺史上」=「この発言の評価主体と観測範囲を先に明示します」

というわけだ。


■ただし「俺史上」にも弱点はある

万能ではない。

例えば、

「俺史上、明らかにこの薬が一番効く」

という発言なら話は変わってくる。

医療・法律・科学など、客観的検証が重要な領域では、

「俺の経験だから」で事実主張を代替することはできない。

また、

「俺史上、地球は平面」

と言っても、地球の形状についての客観的命題まで個人の感想になるわけではない。

したがって「俺史上」は、

価値判断・好み・ランキング・経験評価

などには強いが、

検証可能な事実命題

には適用範囲が限定される。


■むしろ最強なのは「俺史上+評価基準」の二段構え

さらに強化するなら、

「俺史上、コスパという観点では最高」

である。

これなら、

対象:俺が経験したもの
↓
評価基準:コスパ
↓
結論:最高

と、評価関数まで公開している。

数学っぽく書けば、

x* = argmax U(x | criterion = C)

という形になる。

相手からすると、

「じゃあ、その評価基準が違うんじゃない?」

と攻撃することはできる。

しかしそれはもはや「感想ですよね?」ではなく、評価基準についての議論である。

議論のステージを一段上げることに成功している。


■結論:「感想ですよね?」への最適解は「はい、感想です」なのかもしれない

今回の説をまとめよう。

戦術 結果
「違います!客観的事実です!」 泥沼の証拠合戦
「データがあります!」 データの妥当性を問われる
「あなたの感想ですよね!」 ミームの投げ合い
「はい。俺史上です」 主観であることを最初から認める

したがって、

「俺史上」という前置きは、“それってあなたの感想ですよね?”に対する先制防御になり得る。

と評価できる。


■オタクくん最終奥義

そして最終形態はこれである。

「俺史上、これは最高です。異論は認める。俺はそう思う。」

これ、実は強い。

なぜなら、

  • 主観であることを認める
  • 評価主体を明示する
  • 評価対象を限定する
  • 反対意見の存在を認める
  • それでも自分の評価は撤回しない

という、議論における「譲るところ」と「譲らないところ」の境界線が明確だからである。

つまりこれは、

「論破」ではない。

「論破される余地を残したまま、自分の主観を堂々と維持する技術」なのである。

ひろゆきミームが「事実と感想を区別しろ」という方向に使われてきたのだとすれば、その最も平和的なカウンターは、まさかの「はい、感想ですよ」なのかもしれない。

戦わない。

論破しない。

でも自分の評価は撤回しない。

――これぞ「俺史上」という、論破ゲームからの華麗なるログアウトである。

Q.E.D.……ではなく、「俺史上Q.E.D.」

※もちろん、それも俺史上の感想です。

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