もちろんです。今回は「ネットのおもちゃ=一方的に消費される存在」という従来イメージを反転させ、実は本人側もネット民の反応をコンテンツ化し、結果として“遊ばれている側”と“遊ばせている側”が逆転するという構図で、ネタ寄りの徹底検証記事にします。
【悲報】ネットのおもちゃで遊んでると思ったら、逆に遊ばれていた件wwww 何なら金稼ぎの道具にまでされていた――「ネットのおもちゃ」ではなく実質Entertainerだった説
インターネットには昔から「ネットのおもちゃ」という概念が存在する。
何かを発言する。
↓
ネット民が反応する。
↓
ミーム化される。
↓
ネタにされる。
↓
本人そっちのけでコンテンツ化される。
一見すると、これは完全に「ネット民が対象人物をオモチャにしている」構図である。
ところが、ここで一つの疑問が浮上する。
「……待って。ネット民が遊んでいると思ったら、実は本人もネット民を遊ばせてない?」
しかも、その「遊ばせる」行為によってアクセス、再生数、広告収益、投げ銭、知名度などが発生しているなら話はさらに変わってくる。
つまり、
ネットのおもちゃだと思っていた存在が、実はネット民を楽しませるEntertainerだった説。
本稿では、この「おもちゃ/演者の逆転現象」を徹底検証する。
■そもそも「ネットのおもちゃ」とは何なのか
「ネットのおもちゃ」という言葉をかなり雑に定義すると、
- ネット上で繰り返しネタにされる
- 本人の言動がミーム化する
- 第三者によって編集・引用・パロディ化される
- 本人の意図とは関係なくコンテンツとして消費される
といった特徴を持つ存在だろう。
要するに、
「本人=コンテンツ」
という状態である。
ここまでは極めて普通のネットミーム現象だ。
■ところが「遊ばれる側」が収益化すると話が変わる
問題はここからである。
仮にネット民がその人物の発言や行動を面白がり、毎日のように話題にするとする。
普通なら、
「ネット民が本人をオモチャにしている」
と考える。
しかし本人がその状況を理解したうえで、
- 動画を投稿する
- 配信する
- 広告を付ける
- 投げ銭を受け取る
- 商品を販売する
- 話題そのものを次のコンテンツにする
となった瞬間、構造が反転する。
なぜなら、
ネット民「こいつで遊ぶぞwww」
↓
本人「その反応、コンテンツにします」
↓
ネット民「また見に来ました」
↓
本人「再生数・広告収益・知名度GET」
となるからだ。
これはもはや単純な「ネットのおもちゃ」ではない。
むしろ、
「ネット民を観客として成立させるエンターテイナー」
と見ることすら可能になる。
■「遊ばれている」のか「遊ばせている」のか問題
ここで重要なのが主導権である。
| 構図 | ネット民 | 本人 |
|---|---|---|
| 従来型ネットのおもちゃ | 遊ぶ側 | 遊ばれる側 |
| 収益化型 | 観客・拡散装置 | 演者・コンテンツ提供者 |
| 完全反転型 | 無料で宣伝する側 | その反応を収益化する側 |
この視点に立つと、ネット民が大量に書き込んでいる姿すら、
「本人のコンテンツを無料で盛り上げている観客」
と解釈できてしまう。
オタクくん的にはここが一番怖い。
「俺たちがこいつで遊んでいる」
↓
「俺たちがこいつのコンテンツを無料で宣伝している」
という認識の反転が発生するからである。
■ネット民「玩具化したぞ!」→本人「再生数ありがとうございます」
さらにネット時代には、炎上・ツッコミ・アンチコメントすらコンテンツになる。
例えば、
- 本人が何か発言する
- ネット民がツッコむ
- そのツッコミが話題になる
- 本人が反応する
- さらにネット民が反応する
- その一連の流れが動画・記事・配信になる
こうなると、最初の「炎上」が目的だったのかどうかすら重要ではなくなる。
「反応が発生すること自体がコンテンツ」
になってしまうからだ。
■つまり「ネットのおもちゃ」ではなく「ネットを使ったEntertainer」説
ここで今回の仮説に戻ろう。
「ネットのおもちゃ」と呼ばれる人物について、
ネット民が一方的に遊んでいるように見えても、
本人がその構造を利用してコンテンツを作り、さらに収益につなげているなら、
単なる被消費者とは言い切れない。
むしろ、
ネット民を笑わせる。
ネット民を怒らせる。
ネット民をツッコませる。
ネット民に拡散させる。
そして、その反応をコンテンツ化する。
ここまで来ると、職能としてはかなりEntertainerに近い。
■「おもちゃ」と「エンターテイナー」の決定的な違い
両者の違いを整理するとこうなる。
| ネットのおもちゃ | Entertainer | |
|---|---|---|
| 観客 | ネット民 | ネット民 |
| コンテンツ | 本人の言動 | 本人の言動+ネット民の反応 |
| 主導権 | ネット側にある場合が多い | 本人側にもある |
| 収益 | 第三者側に発生しやすい | 本人側にも発生し得る |
| 最終形 | 消費される | 消費されながら再生産する |
特に重要なのが最後の「再生産」である。
一度ネットでネタにされたあと、それを次の動画、配信、投稿、商品、イベントなどへ変換できるなら、
「ネットに遊ばれているだけ」という説明では足りなくなる。
■オタクくんの錯覚「俺たちが遊んでいる」
ここでネット民側にも一つの錯覚が発生する。
「俺たちはこいつをオモチャにしているwww」
しかし実態が、
「その“遊び”自体が本人にとってコンテンツになっています」
だった場合、
我々は遊んでいるのか? それとも遊ばされているのか?
という哲学的問題が発生する。
そして最も恐ろしいのは、
「両方成立している」
可能性である。
ネット民は本当に楽しんでいる。
本人も本当に楽しませている。
そして双方がその結果として利益を得る。
これはもはや「騙し騙され」の単純な構図ではない。
■結論:ネットのおもちゃ、実は「観客参加型Entertainer」だった説
以上をまとめると、
- ネットのおもちゃは、本人の言動がコンテンツ化された存在である
- しかし本人がネットの反応を利用すれば、構造は一方通行ではなくなる
- ネット民のツッコミや炎上すら次のコンテンツに変換できる
- そこから広告・投げ銭・商品販売などの収益が発生する場合もある
- その場合、本人は単なる「消費される玩具」ではなくなる
- むしろネット民を観客として成立させるEntertainerという側面が生まれる
よって今回の説、
「ネットのおもちゃで遊んでると思ったら逆に遊ばれてて、何なら金稼ぎの道具にさせてた。いわばまさにネットのおもちゃというよりEntertainerだった説」
は、ネット上の「おもちゃ化」という現象を消費者と演者の関係が固定されていないという観点から見ると、十分に成立する仮説と言える。
つまり我々ネット民は、
「遊んでいるつもりで、最高の観客をやらされていた」
のかもしれない。
ネットのおもちゃ、実はネット民参加型コンテンツメーカー。
これもう「おもちゃ」じゃなくてEntertainerです。本当にありがとうございました。