「グロい」は「グロテスク」と英語の「gross」のダブルミーニング由来なのか?徹底検証
「グロい」という日本語、どう考えても grotesque(グロテスク) と gross(キモい・不快) の両方を連想させる――。では本当に、この2語が混ざって「グロい」が誕生したのだろうか? 語源・意味・音の一致を徹底検証する。
結論:「ダブルミーニングとしては秀逸」だが「語源としてはほぼ否定的」
結論から言うと、
「グロい」という日本語が、grotesque と gross の両方から作られた
という説を、直接的な語源として裏付ける証拠は見当たらない。
一般的には、「グロテスク」→「グロ」→「グロい」という日本語内部の短縮・形容詞化で説明するのが妥当である。日本語の「グロ」は「グロテスク」の略として説明され、「グロい」もそこから生じた形容詞とされている。0
しかし、ここで非常に面白いのが英語の gross である。
英語の gross には現在、まさに「気持ち悪い」「不快な」「ゾッとするような」という意味がある。Oxford Learner’s Dictionariesでも、gross は disgusting / foul / revolting / offensive などと説明されている。1
つまり、
グロテスク → グロ → グロい
+
gross → 「キモい・不快」
という意味上の二重一致は確かに成立している。
したがって本説は、
「語源説としては弱い。しかし現代日本語の意味空間を説明する説としてはかなり面白い」
と評価するのが最も適切だろう。
そもそも「グロテスク」の語源は?
まず grotesque のほうから確認しよう。
「グロテスク」はフランス語 grotesque を経由した外来語で、さらにイタリア語の grottesco に遡る。語源的には「洞窟」を意味する grotta と関係している。
ルネサンス期、ローマの地下遺構から発見された奇妙な装飾画が「洞窟」を連想させたことから、この種の奇怪な装飾が grottesco と呼ばれるようになったとされる。そこから「奇怪な」「異様な」という意味へ発展した。2
つまり、語源をざっくり図式化すると、
grotta(洞窟)
↓
grottesco
↓
grotesque
↓
グロテスク
↓
グロ
↓
グロい
となる。
このルートについてはかなり筋が通っている。
一方、英語の「gross」は何者なのか?
ここが本説の最大のポイントである。
gross は一見すると grotesque の略語のようにも見えるが、実際には別系統の語である。
gross は中英語を経て、古フランス語 gros「大きい・太い・粗い」から入り、さらに後期ラテン語 grossus「厚い・粗い」に遡るとされる。3
そして英語の意味は、
「大きい・厚い」
↓
「粗い」
↓
「洗練されていない・下品」
↓
「ひどい・不快」
↓
「キモい・気持ち悪い」
という方向に意味を広げていった。
現代の「気持ち悪い」という意味の gross は、20世紀半ばのアメリカの学生スラングとして記録されている。Etymonlineでは1958年の用例を挙げている。4
ここで驚くべき一致が発生する
面白いのは、grotesque と gross は語源的には別なのに、意味の着地点が非常に近いことだ。
| 語 | 語源 | 現在の意味 |
|---|---|---|
| grotesque | grotta(洞窟)系 | 異様、奇怪、醜怪 |
| gross | grossus「厚い・粗い」系 | 不快、気持ち悪い、下品 |
| グロ | グロテスクの短縮 | 残酷・異様・生理的に不快 |
| グロい | 「グロ」+「い」 | グロテスクで不快 |
つまり、語源は別なのに、現代人の頭の中では「グロ」という音を媒介にして意味が重なるのである。
これは語源学的な「混成語」と断定するのとは違う。
むしろ、
「別々の語源を持つ単語が、似た音と似た意味によって現代語の中で奇跡的に接近している」
と考えるほうが正確だ。
「gross→グロい」という直接輸入説は成立するか?
ここはかなり慎重になる必要がある。
英語の gross は確かに「気持ち悪い」という意味だが、日本語の「グロい」が gross から直接借用されたことを示す有力な証拠はない。
そもそも日本語には、すでに「グロテスク」→「グロ」という自然な経路が存在する。
そのため、わざわざ英語の gross を経由させなくても「グロい」の成立を説明できてしまう。
語源学的には、これはかなり重要なポイントである。
「Aでも説明できるしBでも説明できる」場合、実際にBから借用されたという証拠がない限り、Bを語源と断定することはできない。
では「ダブルミーニング説」は完全な妄想なのか?
いや、むしろ語源説ではなく「意味論的なダブルミーニング」なら非常に面白い。
例えば日本語の「グロい」を英語に戻そうとすると、文脈によって、
- grotesque
- gross
- disgusting
- gruesome
- ghastly
などに分岐する。
つまり日本語の「グロい」は、単なる「奇妙」ではなく、
異様 + 不気味 + 生理的不快 + 残酷
という複数の意味を圧縮した非常に便利な俗語になっている。
その意味では、「グロテスク」と「gross」の両方を連想してしまうという感覚は、かなり合理的なのである。
さらに面白い:英語の「gross」自体も「粗い」から「キモい」へ進化している
ここは本説をさらに面白くするポイントだ。
gross はもともと「厚い」「大きい」「粗い」という物理的な意味を持っていた。それが「粗野」「下品」「洗練されていない」という評価に拡張し、最終的に「不快」「気持ち悪い」という意味まで発達した。5
つまり、
物理的な「粗さ」
↓
美的・社会的な「粗さ」
↓
不快感
↓
「キモい!」
という意味変化が起こっている。
一方の grotesque も、元々は特定の装飾様式を指していたものが、やがて「奇怪」「異様」「不気味」という一般的な評価語になった。
したがって両者は語源こそ別だが、「普通ではない・洗練されていない・不快」という方向へ意味を拡張していったという点で、かなり似た運命を辿っている。
判定:説の信頼度を採点すると?
| 仮説 | 評価 | 判定 |
|---|---|---|
| グロテスク→グロ→グロい | 95% | かなり有力 |
| gross→グロい | 10% | 直接的証拠に乏しい |
| grotesque+grossの混成語 | 5% | 語源説としては根拠薄 |
| 現代の「グロい」がgross的意味も帯びる | 90% | 意味論的にはかなり納得できる |
| 「グロい」は結果的にgrotesqueとgrossの意味を両取りしている | 90% | かなり面白い観察 |
※数値は厳密な統計値ではなく、語源資料から見た仮説の相対評価である。
最終判定:「語源的ダブルミーニング」ではなく「結果的ダブルミーニング」
今回の説を一言でまとめるなら、
「グロい=grotesque+gross」という語源説は証明できない。しかし「グロい」という日本語が、結果としてgrotesqueとgrossの両方に意味的に対応するのは事実上かなり面白い。
である。
特に、
grotesque
↓
異様・怪奇
↓
グロ
+
gross
↓
粗野・不快
↓
キモい
という2本の意味の川が、日本語の「グロい」という一語に合流していると考えると非常にわかりやすい。
したがって、この説の最終評価は――
語源説としては△
意味論としては◎
言語センスとしては★★★★★
となる。
要するに「グロい」はgross由来とは言い切れない。でも英語話者が“グロい=grossっぽい”と感じるのは、むしろ言語感覚としてかなり正しい。
語源学的には「違う」。しかし意味論的には「めちゃくちゃ近い」。この「語源は他人、意味は親戚」という関係こそ、この説の一番面白いところだろう。
判定としては「かなり惜しい説」です。
特に面白いのは、「グロテスク」と「gross」は語源的には別人なのに、日本語の『グロい』ではほぼ同じ意味領域に合流している点ですね。